この仕事に人生を賭けてます! 伊能忠敬の「人生二山」が好きな言葉。 実り豊かな第二幕目の人生の歩みing型。 黒田真一が人生の旅人として日々の雑感を綴ります。
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●大雪山系相次ぎ遭難、10人死亡=トムラウシ山と美瑛岳で59~
69歳ーー道警捜査 (7月17日8時42分配信 時事通信)
大きな山岳遭難事故となりました。何とも痛ましい限りですが、死者に
ムチ打つようで申し訳ないとは思いますが、いろいろ問題点も見えて来
ます。
まず、登った「パーティ」といいますが、その実、旅行社企画に応募し、
登山口に集合が懸かって、偶然一緒になっただけの烏合の衆に過ぎない
のですね。
百名山ブームもあって、中高年の登山ブームは今も醒めやらない訳で、
そこに目を付けた旅行社の企画、そしてその参加者なわけです。
しかもこのパーティ、記事によれば、宮城、静岡、愛知、広島など7県
からの参集者。寄せ集めもイイところで、これを登山用語で本当に
「パーティ」と呼ぶんだろうか?
ですから、一旦緩急あれば、グループとして「体(たい)」をなさない
ハズで、実際、今回の遭難でそうなりました。
当方など不思議に思うのは、こんな簡単に、「2000m級の山」しか
も「北海道の山」の「百名山」に、個人的な事前準備もたいしてせずに
<お気楽>参加を決め、しかも実行してしまう、そのマインド。
3人いたガイド全員の出自は不明ですが、記事に名前がある吉川寛さ
ん(61)(死亡)は、広島県廿日市市在住だったそう。
トムラウシには登ったことがあったとのことですが、広島在住の人
が「トムラウシのガイド」とは、合点が行きません。
当方なども、一時はかなり山登りはした方ですが、目的の山を決めたら
山のエリアマップの検証、ガイドブックの読み込み、装備の調達、整備
など、気合いれて猛準備をしたものです。
チョコレート、練りミルクなど非常食やら、ろうそく、ヘッドランプ
ツェルト、細ロープ、鏡などまさかの時の用意だってしました。
雪が想定される場所ではアイゼン、ピッケルだって。
だもの、ザックの重量がムチャクチャ重くなります。
で、北アルプスの玄関口・松本駅前で、家から持参した体重計で
ザックの重量を測り、天候具合で持ち物を「減らす」作業をしたもの
です。いらないものは、車の中に置いて行く、そんな作業です。
ですから、一つの山行を決めると、10日も前から準備に時間を掛けた
ものです。「遭難」なんて見っともないことに、ならないために。
☆☆☆☆☆☆☆ーーーーーーーーーーーーーーーー
上記まで書いて、夕食になってしまいました。
今事務所に戻り、続きを再開しています。
夜9時のニュースを見たりしますと、まさか大雪山山系の山ですから、
<お気楽>とは少し言い過ぎだったかも知れません。
でも、高山植物が目当てだったり、日本100名山信奉者であったり、
あるいは山の景色を味わいたかったり・・・、目的がそこにあって、
意外とその目的までのプロセス、あるいは準備段階には全然気を留め
ないそんな方々だったような気がします。その部分は人任せ。
ツアー企画の主催者まかせ、ガイドまかせ、の他力本願というヤツ。
ある本に出ているノー天気なお気楽登山者の話。
上高地・河童橋のホテルの支配人、ある中年男性からこう訊かれた
そう。「あのう、上高地~槍ヶ岳線のバスはどこからでてるのでしょう
か?」
ま、こんなの山関係の本を読んでいると、いくらでも出てきます。
富士山の山小屋で、温泉旅館と同じ感覚なんでしょう、山小屋の従業
員を捕まえて「あのう、お風呂はどっち?」
最近では、山の上でも携帯が通じたりしますからね・・・・。
「ツカレちゃって、歩けないの・・・」
「どこかで、タクシー呼べない!?」なんて、下界の案内所に電話
が行ったりするそう。
挙句に、仲間の写真撮ろうとした矢先、足元までフレームに入れよう
なんてカッコつけて、痩せ尾根にいるのを忘れて自分がバック!!
で、谷底に転落・・・・・・・・。
今度は「遭難」したらしたで、「もしもし、あのー、ヘリコプターは
絶対県警ので来て下さいッ!」「民間のは、高いから絶対ヤメテよ!!」
なんて、フザケタ要求する始末・・・・・。
今回の遭難が、上記のような登山者だったとは言いませんが、それに
しても縦走4日の行程(NHK)、2泊3日の縦走(テレビ朝日)と
報道がマチマチとは言え、大雪山系の山々であってみれば、並ではな
いハズ。
当方は、己の力を知っていますから、こんなところは無理とハナから
選びません。山形の朝日連峰、飯豊の山々だって、地図で研究はしま
したが、精々上り口の界隈をウロウロしたに留めたものです。
月山だって、途中まで車で行けるにしても、後はガレ場の登山道を
ダラダラと、うむ延々とが正しいか?まったくイヤになる山でしたね。
北アルプス、白馬岳では大雪渓を朝の9時頃登り始めて、頂上直下の
山小屋にやっとこ着いたのが夕方6時。(レベルが判る)
昼前に下山途中のボッカさんとすれ違ったのに、そのボッカさんが
登って来て、追い越された始末でした・・・。
今回の救援業務の自衛隊員、あの山にしては軽装だった・・・と証言。
頂上付近で気温8℃、風速20m以上の風。体感気温は半端じゃなく
低かったでしょう。雨は大した雨ではなかったといいますが、雨混じり
の風速20m以上。
北海道の山で、森林限界を超え雨風を避ける場所もない中の尾根歩き。
ビバークの場所もなく、来た道を引き返すは行程2日とか3日の道。
途中からショートカットして下山する避難路もなく、前に進むほか
なかった。
生存者が言うには「あの風では中止すべきだった・・・・」
どこから中止すべきであったか?(進むも地獄なら、戻るも地獄。)
ガイドとしては、本州から高いカネをかけて来た顧客を、途中下山させ
て「(頂上登頂させないで、)途中で下山させた、雲助ガイド」と
言われたくないプレッシャーがあった?
2002年、同じトムラウシでの登山者死亡事故では、ガイドが告訴
され、執行猶予付きの有罪判決が出ている。
その時のガイド、「無理をした・・・」と言われ、「登らせて挙げた
かった・・・・・。」と証言したといいます。
さて、今回死亡者の家族もまた「途中で中止すべきだった・・・。」と
インタビューに答えています。
旅行企画会社の社長も、マスコミにつるし上げられ、非難の矢面に
立たされています。
生存したガイド2名にも、これから大きな責任が課せられるかも知れ
ません。
でも、山歩きは、結局のところ、これこそ本当の意味で自己責任だと
思うのですね。
大自然と対峙し、生き抜くためには、旅行企画会社やらガイドやらに
身を任せ、運命を託してしまった<己の甘さ>があるのだと思うの
です。
*参考図書 ・参考ネット記事
■丸山晴弘『遭難のしかた教えます
--安全登山のための辛口レクチャー』山と渓谷社
■雑誌・山と渓谷付録『山の便利帳』
■深田久弥『日本百名山 新装版』新潮社 1994年第14刷
■「2002年7月 トムラウシ遭難事故」 (ネット記事から)
■「トムラウシ遭難事故の背景にあるもの(2007年遭難)」
(大雪ジャーナル・ネット記事より)
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白馬岳から白馬大池経由で下山途中、8月が終り9月に入った
ばかりでした。しかし、白馬頂上から小蓮華山、左下方に雪倉岳を
見下ろす尾根道は、草紅葉の季節に入っていました。
平地ではまだまだ残暑の時期でしたが、高山では早くも秋の
季節が眼の前に、そしてその先の冬の気配さえ漂っていました。
白馬大池から、海岸のようなゴツゴツした岩場を難儀しながら
進む頃には、強い風に雪混じりの雨。
栂池平まで4時間半以上かかったと思いますが、やっとの思いで
下りて来たところ、中高年の夫婦とすれ違いました。
夕方4時近くの頃でしたか、今から登る様子。
見ず知らずの人達でしたが、白馬大池の山小屋までだって雪混じり
の強風。とても無理と判断し「行かない方がイイ」とアドバイス
しました。
栂池平でウロウロし、ロープウエイに乗ってみたら、先ほどの
ご夫婦が同じゴンドラに乗って来ました。
訊けば「(アドバイスを聴き入れ)登るのを断念した・・・・」
という。
はるばる大阪から来たと言いましたが、その時は、時間と経費を
考えれば、気の毒なアドバイスをしてしまったとも思ったもの
でしたが、今思えばあれで良かったのだと心底思うのです。
69歳ーー道警捜査 (7月17日8時42分配信 時事通信)
大きな山岳遭難事故となりました。何とも痛ましい限りですが、死者に
ムチ打つようで申し訳ないとは思いますが、いろいろ問題点も見えて来
ます。
まず、登った「パーティ」といいますが、その実、旅行社企画に応募し、
登山口に集合が懸かって、偶然一緒になっただけの烏合の衆に過ぎない
のですね。
百名山ブームもあって、中高年の登山ブームは今も醒めやらない訳で、
そこに目を付けた旅行社の企画、そしてその参加者なわけです。
しかもこのパーティ、記事によれば、宮城、静岡、愛知、広島など7県
からの参集者。寄せ集めもイイところで、これを登山用語で本当に
「パーティ」と呼ぶんだろうか?
ですから、一旦緩急あれば、グループとして「体(たい)」をなさない
ハズで、実際、今回の遭難でそうなりました。
当方など不思議に思うのは、こんな簡単に、「2000m級の山」しか
も「北海道の山」の「百名山」に、個人的な事前準備もたいしてせずに
<お気楽>参加を決め、しかも実行してしまう、そのマインド。
3人いたガイド全員の出自は不明ですが、記事に名前がある吉川寛さ
ん(61)(死亡)は、広島県廿日市市在住だったそう。
トムラウシには登ったことがあったとのことですが、広島在住の人
が「トムラウシのガイド」とは、合点が行きません。
当方なども、一時はかなり山登りはした方ですが、目的の山を決めたら
山のエリアマップの検証、ガイドブックの読み込み、装備の調達、整備
など、気合いれて猛準備をしたものです。
チョコレート、練りミルクなど非常食やら、ろうそく、ヘッドランプ
ツェルト、細ロープ、鏡などまさかの時の用意だってしました。
雪が想定される場所ではアイゼン、ピッケルだって。
だもの、ザックの重量がムチャクチャ重くなります。
で、北アルプスの玄関口・松本駅前で、家から持参した体重計で
ザックの重量を測り、天候具合で持ち物を「減らす」作業をしたもの
です。いらないものは、車の中に置いて行く、そんな作業です。
ですから、一つの山行を決めると、10日も前から準備に時間を掛けた
ものです。「遭難」なんて見っともないことに、ならないために。
☆☆☆☆☆☆☆ーーーーーーーーーーーーーーーー
上記まで書いて、夕食になってしまいました。
今事務所に戻り、続きを再開しています。
夜9時のニュースを見たりしますと、まさか大雪山山系の山ですから、
<お気楽>とは少し言い過ぎだったかも知れません。
でも、高山植物が目当てだったり、日本100名山信奉者であったり、
あるいは山の景色を味わいたかったり・・・、目的がそこにあって、
意外とその目的までのプロセス、あるいは準備段階には全然気を留め
ないそんな方々だったような気がします。その部分は人任せ。
ツアー企画の主催者まかせ、ガイドまかせ、の他力本願というヤツ。
ある本に出ているノー天気なお気楽登山者の話。
上高地・河童橋のホテルの支配人、ある中年男性からこう訊かれた
そう。「あのう、上高地~槍ヶ岳線のバスはどこからでてるのでしょう
か?」
ま、こんなの山関係の本を読んでいると、いくらでも出てきます。
富士山の山小屋で、温泉旅館と同じ感覚なんでしょう、山小屋の従業
員を捕まえて「あのう、お風呂はどっち?」
最近では、山の上でも携帯が通じたりしますからね・・・・。
「ツカレちゃって、歩けないの・・・」
「どこかで、タクシー呼べない!?」なんて、下界の案内所に電話
が行ったりするそう。
挙句に、仲間の写真撮ろうとした矢先、足元までフレームに入れよう
なんてカッコつけて、痩せ尾根にいるのを忘れて自分がバック!!
で、谷底に転落・・・・・・・・。
今度は「遭難」したらしたで、「もしもし、あのー、ヘリコプターは
絶対県警ので来て下さいッ!」「民間のは、高いから絶対ヤメテよ!!」
なんて、フザケタ要求する始末・・・・・。
今回の遭難が、上記のような登山者だったとは言いませんが、それに
しても縦走4日の行程(NHK)、2泊3日の縦走(テレビ朝日)と
報道がマチマチとは言え、大雪山系の山々であってみれば、並ではな
いハズ。
当方は、己の力を知っていますから、こんなところは無理とハナから
選びません。山形の朝日連峰、飯豊の山々だって、地図で研究はしま
したが、精々上り口の界隈をウロウロしたに留めたものです。
月山だって、途中まで車で行けるにしても、後はガレ場の登山道を
ダラダラと、うむ延々とが正しいか?まったくイヤになる山でしたね。
北アルプス、白馬岳では大雪渓を朝の9時頃登り始めて、頂上直下の
山小屋にやっとこ着いたのが夕方6時。(レベルが判る)
昼前に下山途中のボッカさんとすれ違ったのに、そのボッカさんが
登って来て、追い越された始末でした・・・。
今回の救援業務の自衛隊員、あの山にしては軽装だった・・・と証言。
頂上付近で気温8℃、風速20m以上の風。体感気温は半端じゃなく
低かったでしょう。雨は大した雨ではなかったといいますが、雨混じり
の風速20m以上。
北海道の山で、森林限界を超え雨風を避ける場所もない中の尾根歩き。
ビバークの場所もなく、来た道を引き返すは行程2日とか3日の道。
途中からショートカットして下山する避難路もなく、前に進むほか
なかった。
生存者が言うには「あの風では中止すべきだった・・・・」
どこから中止すべきであったか?(進むも地獄なら、戻るも地獄。)
ガイドとしては、本州から高いカネをかけて来た顧客を、途中下山させ
て「(頂上登頂させないで、)途中で下山させた、雲助ガイド」と
言われたくないプレッシャーがあった?
2002年、同じトムラウシでの登山者死亡事故では、ガイドが告訴
され、執行猶予付きの有罪判決が出ている。
その時のガイド、「無理をした・・・」と言われ、「登らせて挙げた
かった・・・・・。」と証言したといいます。
さて、今回死亡者の家族もまた「途中で中止すべきだった・・・。」と
インタビューに答えています。
旅行企画会社の社長も、マスコミにつるし上げられ、非難の矢面に
立たされています。
生存したガイド2名にも、これから大きな責任が課せられるかも知れ
ません。
でも、山歩きは、結局のところ、これこそ本当の意味で自己責任だと
思うのですね。
大自然と対峙し、生き抜くためには、旅行企画会社やらガイドやらに
身を任せ、運命を託してしまった<己の甘さ>があるのだと思うの
です。
*参考図書 ・参考ネット記事
■丸山晴弘『遭難のしかた教えます
--安全登山のための辛口レクチャー』山と渓谷社
■雑誌・山と渓谷付録『山の便利帳』
■深田久弥『日本百名山 新装版』新潮社 1994年第14刷
■「2002年7月 トムラウシ遭難事故」 (ネット記事から)
■「トムラウシ遭難事故の背景にあるもの(2007年遭難)」
(大雪ジャーナル・ネット記事より)
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ばかりでした。しかし、白馬頂上から小蓮華山、左下方に雪倉岳を
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平地ではまだまだ残暑の時期でしたが、高山では早くも秋の
季節が眼の前に、そしてその先の冬の気配さえ漂っていました。
白馬大池から、海岸のようなゴツゴツした岩場を難儀しながら
進む頃には、強い風に雪混じりの雨。
栂池平まで4時間半以上かかったと思いますが、やっとの思いで
下りて来たところ、中高年の夫婦とすれ違いました。
夕方4時近くの頃でしたか、今から登る様子。
見ず知らずの人達でしたが、白馬大池の山小屋までだって雪混じり
の強風。とても無理と判断し「行かない方がイイ」とアドバイス
しました。
栂池平でウロウロし、ロープウエイに乗ってみたら、先ほどの
ご夫婦が同じゴンドラに乗って来ました。
訊けば「(アドバイスを聴き入れ)登るのを断念した・・・・」
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HN:
5596DA(ゴーゴークロダの意)
性別:
男性
職業:
行政書士
趣味:
山歩き、自然散策、ドライブ
自己紹介:
ISO14001環境マネジメントシステム審査員補
日本自然保護協会・自然観察指導員
浄化槽管理士
日本森林学会会員
福祉住環境コーディネーター
茨城県介護サービス情報公表制度・調査員
茨城県動物愛護推進員
上記もろもろ、兼 おっさん。
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浄化槽管理士
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