この仕事に人生を賭けてます! 伊能忠敬の「人生二山」が好きな言葉。 実り豊かな第二幕目の人生の歩みing型。 黒田真一が人生の旅人として日々の雑感を綴ります。
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今日の研修は、朝からバタバタでございました・・・。
水戸で8時半スタートの研修なのに、目覚めたのが7時40分。
「おおっと!ヤベッ!?」
階下の居間に家人はおりましたが、起こしてくれませんで・・・。
ヤベッ、ヤベッ、ヤベッーーーーーーつ!!
研修後にはやがて、県内各施設を回って歩く任務ですからね。
研修に遅れるようだと、各施設にだって<遅刻しかねないヤツ>と
思われるじゃないスカ・・・・。
ったく、ウチの奥さんときたひにゃ、ワカットランな!!!
ところが、そんな訳ですっ飛んで行ったというのに!終わりは1時間
近くも早く終って、15時55分頃だったかな・・・。
奥さんと、研修機関の担当者、もうっ、お尻ペンペンだっつーーの!!
およよ、今日も格調も何もないブログの始まりダナ・・・。トホ。
コホン。
さて、今日のタイトルに入ります・・・・・。
当方もともと、歴史好きな人間でして、大学だってそんなトコに
入ったんですね。
でも、歴史じゃメシ喰って行けませんから・・・。
実業の世界に飛び込んでからは、歴史にはチャーーックッ。
いや、これでは重々しくも何ともないっすな。
歴史には、自分自身で封印をして生きて参りました。
でも、久々・・・。
本当に久々なのですが、先日、イイ齢をして地元の歴史さえ知らぬまま
このまま朽ち果てるのもドーーナンダロ????
こう思っていたその時、新聞広告で一冊の本に目が留まりました。
■長山靖生『天下の副将軍 水戸藩から見た江戸三百年』新潮社
これがその本でした。
まさか新書版の本よりは、文字が詰まっておりますから一気には
読み終わりませんが、関が原前夜の佐竹氏支配の常陸から始まりま
して、ちょうど水戸家二代目光圀(いわゆる黄門様)の章を読み終えた
ところです。
徳川家康の子頼房が、水戸徳川家初代となり、二代目光圀が継いだ
水戸家ですが、この時その兄弟のひとり、頼雄は今当方が住むこの
地で宍戸松平氏と分家を編むのでした。
光圀が保護した寺院のうちに、日立の大雄院がある・・・と出てきたり
(当方の家のお墓がある)、当方も授業を受けた茨城大学瀬谷義彦
名誉教授の名が出てきたり、いろいろ血湧き肉踊る本でありますね。
この本の後半には、幕末尊王攘夷運動に影響を及ぼした九代藩主斉昭
の章が登場します。
しかし、この本の著者は県内在住の歯科医師とのことですが、新潮
選書、同新書、中公文庫、光文社新書など著書多数。歯科医のかたわら
文芸評論、社会時評など幅広い執筆活動というのですから、凄い。
そしてこの本のクオリティも極めて高く、茨城県人のアンカー確認の
書としての価値は高い。(2008年5月25日初版)
実は当方、今の仕事につく前には水戸徳川博物館に在職していたことが
ありました。
ある県南の寺院が、300年前光圀に保護された恩義を代々言い伝え、
8年前ほどになりますか、盛大に300年祭を催したことがありましてね。
光圀の子孫の当主に都合がつかず、当方ともう一名の職員とで代理で
この祝祭に出向いたことがありました。
近郷近在の寺々から多数の僧侶が参列しての式典のあと、近くの
割烹で祝宴が催された折には、霞んで見えるような200名ほどの
大座敷の最上座には、当方が座らされ、箸の上げ下ろしまでの一挙手
一投足に満座の視線を浴びた経験もさせられました。
そんな訳で、久々の歴史書でいろいろ彷彿とさせられますが、
深入りしますと、エライことになりますからね。この1冊だけに
しとこうと思います。
シゴトが優先の生き方をして行かないと・・・・。
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水戸で8時半スタートの研修なのに、目覚めたのが7時40分。
「おおっと!ヤベッ!?」
階下の居間に家人はおりましたが、起こしてくれませんで・・・。
ヤベッ、ヤベッ、ヤベッーーーーーーつ!!
研修後にはやがて、県内各施設を回って歩く任務ですからね。
研修に遅れるようだと、各施設にだって<遅刻しかねないヤツ>と
思われるじゃないスカ・・・・。
ったく、ウチの奥さんときたひにゃ、ワカットランな!!!
ところが、そんな訳ですっ飛んで行ったというのに!終わりは1時間
近くも早く終って、15時55分頃だったかな・・・。
奥さんと、研修機関の担当者、もうっ、お尻ペンペンだっつーーの!!
およよ、今日も格調も何もないブログの始まりダナ・・・。トホ。
コホン。
さて、今日のタイトルに入ります・・・・・。
当方もともと、歴史好きな人間でして、大学だってそんなトコに
入ったんですね。
でも、歴史じゃメシ喰って行けませんから・・・。
実業の世界に飛び込んでからは、歴史にはチャーーックッ。
いや、これでは重々しくも何ともないっすな。
歴史には、自分自身で封印をして生きて参りました。
でも、久々・・・。
本当に久々なのですが、先日、イイ齢をして地元の歴史さえ知らぬまま
このまま朽ち果てるのもドーーナンダロ????
こう思っていたその時、新聞広告で一冊の本に目が留まりました。
■長山靖生『天下の副将軍 水戸藩から見た江戸三百年』新潮社
これがその本でした。
まさか新書版の本よりは、文字が詰まっておりますから一気には
読み終わりませんが、関が原前夜の佐竹氏支配の常陸から始まりま
して、ちょうど水戸家二代目光圀(いわゆる黄門様)の章を読み終えた
ところです。
徳川家康の子頼房が、水戸徳川家初代となり、二代目光圀が継いだ
水戸家ですが、この時その兄弟のひとり、頼雄は今当方が住むこの
地で宍戸松平氏と分家を編むのでした。
光圀が保護した寺院のうちに、日立の大雄院がある・・・と出てきたり
(当方の家のお墓がある)、当方も授業を受けた茨城大学瀬谷義彦
名誉教授の名が出てきたり、いろいろ血湧き肉踊る本でありますね。
この本の後半には、幕末尊王攘夷運動に影響を及ぼした九代藩主斉昭
の章が登場します。
しかし、この本の著者は県内在住の歯科医師とのことですが、新潮
選書、同新書、中公文庫、光文社新書など著書多数。歯科医のかたわら
文芸評論、社会時評など幅広い執筆活動というのですから、凄い。
そしてこの本のクオリティも極めて高く、茨城県人のアンカー確認の
書としての価値は高い。(2008年5月25日初版)
実は当方、今の仕事につく前には水戸徳川博物館に在職していたことが
ありました。
ある県南の寺院が、300年前光圀に保護された恩義を代々言い伝え、
8年前ほどになりますか、盛大に300年祭を催したことがありましてね。
光圀の子孫の当主に都合がつかず、当方ともう一名の職員とで代理で
この祝祭に出向いたことがありました。
近郷近在の寺々から多数の僧侶が参列しての式典のあと、近くの
割烹で祝宴が催された折には、霞んで見えるような200名ほどの
大座敷の最上座には、当方が座らされ、箸の上げ下ろしまでの一挙手
一投足に満座の視線を浴びた経験もさせられました。
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HN:
5596DA(ゴーゴークロダの意)
性別:
男性
職業:
行政書士
趣味:
山歩き、自然散策、ドライブ
自己紹介:
ISO14001環境マネジメントシステム審査員補
日本自然保護協会・自然観察指導員
浄化槽管理士
日本森林学会会員
福祉住環境コーディネーター
茨城県介護サービス情報公表制度・調査員
茨城県動物愛護推進員
上記もろもろ、兼 おっさん。
日本自然保護協会・自然観察指導員
浄化槽管理士
日本森林学会会員
福祉住環境コーディネーター
茨城県介護サービス情報公表制度・調査員
茨城県動物愛護推進員
上記もろもろ、兼 おっさん。
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