この仕事に人生を賭けてます! 伊能忠敬の「人生二山」が好きな言葉。 実り豊かな第二幕目の人生の歩みing型。 黒田真一が人生の旅人として日々の雑感を綴ります。
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ちょうど1週間前に、まるで突然に「オオカミ」の話題を取り上げ、
このブログに書いた。
そうすると不思議なもので、「オオカミ」という単語に急に過敏に
なったからか、昨日には、テレビ欄にもめった出ることもないハズ
の「オオカミ」の単語に出くわし、番組を観ることになった。
その番組は、NHKBS1の「国際報道2014」(夜10時から)とい
うもので、昨日のメインはパキスタンで続発する<名誉殺人の深い闇>。
親が娘を殺すという深刻でやり切 れない実態を取り上げていたが、
そのニュースとともに番組表にあったのが<絶滅オオカミが復活
年6000匹の羊が 被害に>というもの。
世界の趨勢のご多分に漏れず、フランスでもオオカミは絶滅してし
まったのだが、2000年ごろに、イタリアからわずか2頭がフラ
ンス南東部に越境して来たのを皮切りに、今では政府の保護政策も
あって、300頭以上にまで復活してきたのだという。
前回のブログでも触れたが、自然保護の観点からは「かつて生息し
ていたもの」は、やはり、今の自然にも「存在しているべき」とは
思うが、復活してみると、思いのほか人とオオカミの間の軋轢が大
きくなることが判明して来た。
フランスの農民たちのささやかな自衛策にもかかわらず、ヨ ーロッ
パの牧畜業のメインである羊が、オオカミの攻撃により多大の被害
を蒙り、もはや農家によっては死活問題にまでなっているというの
だ。
フランスでの昨年一年間の羊の被害が、実に6000匹というのだ
から、これは大変なことだ。
日本でも、本州に先んじて、エゾシカの増加により知床の自然が深
刻な打撃を受けている北海道で、すぐにでもオオカミ導入が叫ばれ
始めている。
アメリカイエローストーン国立公園でのオオカミ再導入が一定の効
果をみていることから、北米の専門家などからも太鼓判をもらい、
国内のオオカミ導入推進派の学者らは意を強くしているところなの
だが、昨日のフランスでのニュースを見る限り、 やはりまだまだ慎
重な検討を重ねる必要あり、と思った。
■丸山直樹編著『オオカミが日本を救う! 生態系での役割と復活の
必要性』白水社(2014年2月10日発行)
この本を借りて来たのだが、自分なりに考えて行こうと思っている。
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オオカミが生命を維持するためには、ネズミやウサギクラスの小動物
の捕食ではとても間に合わないという。
で、シカクラスの体重の植食動物をきっと食わざるを得ないと推進派
の学者はいうのだが、シカだって食われたくないから逃げ足は早い。
そうなった時、牧場にいる、シカよりは捕まえやすく手っ取り早い
家畜に触手が伸びる可能性は充分にある。
食ってもらいたいのは、シカ、イノシシなどなのだが、人間の思惑と
違って、簡単にエサになり易い羊を狙うことが十分に考えられる。
「あ~~ァ、違うんだよナ!?」
君ら、オオカミには羊じゃあなくって、シカ食って欲しいんだヨ!
いくらこう言おうとしても、オオカミは言葉が判らないから後の
祭りになってしまう恐れが、リアルにあるんだなァ。
このブログに書いた。
そうすると不思議なもので、「オオカミ」という単語に急に過敏に
なったからか、昨日には、テレビ欄にもめった出ることもないハズ
の「オオカミ」の単語に出くわし、番組を観ることになった。
その番組は、NHKBS1の「国際報道2014」(夜10時から)とい
うもので、昨日のメインはパキスタンで続発する<名誉殺人の深い闇>。
親が娘を殺すという深刻でやり切 れない実態を取り上げていたが、
そのニュースとともに番組表にあったのが<絶滅オオカミが復活
年6000匹の羊が 被害に>というもの。
世界の趨勢のご多分に漏れず、フランスでもオオカミは絶滅してし
まったのだが、2000年ごろに、イタリアからわずか2頭がフラ
ンス南東部に越境して来たのを皮切りに、今では政府の保護政策も
あって、300頭以上にまで復活してきたのだという。
前回のブログでも触れたが、自然保護の観点からは「かつて生息し
ていたもの」は、やはり、今の自然にも「存在しているべき」とは
思うが、復活してみると、思いのほか人とオオカミの間の軋轢が大
きくなることが判明して来た。
フランスの農民たちのささやかな自衛策にもかかわらず、ヨ ーロッ
パの牧畜業のメインである羊が、オオカミの攻撃により多大の被害
を蒙り、もはや農家によっては死活問題にまでなっているというの
だ。
フランスでの昨年一年間の羊の被害が、実に6000匹というのだ
から、これは大変なことだ。
日本でも、本州に先んじて、エゾシカの増加により知床の自然が深
刻な打撃を受けている北海道で、すぐにでもオオカミ導入が叫ばれ
始めている。
アメリカイエローストーン国立公園でのオオカミ再導入が一定の効
果をみていることから、北米の専門家などからも太鼓判をもらい、
国内のオオカミ導入推進派の学者らは意を強くしているところなの
だが、昨日のフランスでのニュースを見る限り、 やはりまだまだ慎
重な検討を重ねる必要あり、と思った。
■丸山直樹編著『オオカミが日本を救う! 生態系での役割と復活の
必要性』白水社(2014年2月10日発行)
この本を借りて来たのだが、自分なりに考えて行こうと思っている。
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オオカミが生命を維持するためには、ネズミやウサギクラスの小動物
の捕食ではとても間に合わないという。
で、シカクラスの体重の植食動物をきっと食わざるを得ないと推進派
の学者はいうのだが、シカだって食われたくないから逃げ足は早い。
そうなった時、牧場にいる、シカよりは捕まえやすく手っ取り早い
家畜に触手が伸びる可能性は充分にある。
食ってもらいたいのは、シカ、イノシシなどなのだが、人間の思惑と
違って、簡単にエサになり易い羊を狙うことが十分に考えられる。
「あ~~ァ、違うんだよナ!?」
君ら、オオカミには羊じゃあなくって、シカ食って欲しいんだヨ!
いくらこう言おうとしても、オオカミは言葉が判らないから後の
祭りになってしまう恐れが、リアルにあるんだなァ。
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昨日は、たいそうな「高校野球のこと」などというタイトルを付け
ながら、途中夕食休憩で中断してそのまま尻切れトンボで終わった。
ま、サラリーマン時代の後輩に、夏になると一家揃って、それこそ
お母さんから妹さんまで皆んなして「高校野球」の大ファンでテレ
ビ中継にクギ付けという一家の話を聞いたことがあったのだが、当
方は、その話にもシレっとして聴いた位に、今の甲子園には何の思
い入れもない。
したがって、お好きな方には、このブログなどはイライラこそすれ、
面白くも何ともない、ことはお断りしておきます。
今の高校野球ときたら、私立が全盛で公立高校で甲子園までコマを進
めたところは数少なくなっている。
全国的に、東北やら北信越から16強に8校もが進んだと言っても、
今じゃあ、大概が私立高校。
かつてなら、地元で生まれ育った子供たちだったから、それこそ郷土
の誇り的な気持ちも湧いたものだったのだが、最近のプロ野球選手の
出身地調査でも、一番ダントツに多いのは大阪や兵庫など関西出身者
らしいのだが、そのタマゴの関西出身のリトルリーグ経験者が、全国
の地方甲子園常連校やら有力校に流れた結果が、 東北勢が16強に4
校も入っている現実を生んでいるというのだ。
生徒がどこで生まれようが、物理的に、ある東北の地に校舎があれば、
そこの生徒には違いない。
でもねェ、選手は、てっきり「ふんにゃ、次はカーブば投げるべ。」
とか言いながら練習していると思っていたら、「ほな、次はカーブや
で!」なんて言葉が飛び交っているのだとしたら、郷土の誇りなんて
幻想そのもの、アホらしくて見てられないと思うのね。
熱狂的な甲子園ファンの方には申し訳ないのだが、ま、へそ曲がりの
ヘンなおじさん的にはそう思ってしまうことは、許して欲しい。
ただ、甲子園出場地図が様変わりしてくると、かつてなら<素朴にひた
向きに>の言葉に象徴された高校野球に、どこか「勝利至上主義」と
いうかセミプロ予備軍の小賢しい臭いがしているようにも思う。
2回戦で敗れた東海大四高西嶋投手の、山なりの超スローボールへの
賛否の話題や、11盗塁の機動力で大勝した健大高崎の容赦のない
かき回し戦法への批判などである。
●<高校野球>健大高崎は"暗黙のルール"を破ったのか
(2014年8月19日(火)10時1分配信 THE PAGE)
東海大四の西嶋投手に触れた話題は、8月20日(水)付の毎日新聞
記事に詳しいが、山なりのボールが「ふざけている」との批判も
多かったという。しかし、身長168センチの小柄な西嶋君が編み出
した窮余の策と聴けば、1試合に数球の範囲であるなら許される気も
するが、やはり伝統の側面からは「正々堂々真っ向勝負」であるべきで
「ふざけている」とのそしりも判らなくはない。
上記に引いた健大高崎への批判、米大リーグに浸透しているアンリトン
・ルールに反している、は酷なような気もするが、記事にもあるわが
茨城代表藤代×大垣日大(岐阜)戦での、大垣日大の高校野球の原点を忘
れたような試合態度には、心底腹が立った。
試合は初回に藤代が8点を先取し、勝負あった!の感も印象づけたの
だが、結果は大垣日大が12-10で勝った。
その初回に8点を先取された時点での大垣日大の選手達は、悲壮感漂い
顔も強張り気の毒な様相だったのだが、試合が進むにつれジワリジワリ
と追いつき、試合をひっくり返して勝利をものにした。
勝負事だから、8点差をひっくり返したその粘りは賞賛されるべきだと
は思うが、中盤以降意気消沈する藤代の選手達に比べ、大垣日大の選手
達はリラックスし、ニコニコ、ニコニコどの選手も白い歯を見せ余裕
たっぷり。
最近では、オリンピックはじめどんなスポーツ大会でも、大事なのは笑
顔、そして試合を楽しむこと・・・・・とよく言われる。
しかし、敗色濃くなり顔も強張り、悲壮感漂う相手方がある中、まるで
意味なく笑う姿というのは、その忖度しない態度というのは、かつての
日本の価値観にはなかったものだ。
上記記事中のアンリトン・ルールでは「派手なガッツポーズをしないこと
や、大差のついたゲームで3-0から打たないなどの"モラルある行動"」が
米メジャーでの暗黙のルールと紹介されている。
記事の筆者は、最後にアメリカのコラムニストの言葉で締めくくっている
のだが、なかなかに意味深いのだ。
高校野球は、勝利至上至上主義であってならない。
「勝利がすべてではない。人は負けながらも勝つことができる。スポーツ
における競争で大切なのは、人間を形成することである。」(ピート・ハミル)
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今日の記事、我が郷土の代表藤代高に肩入れして書いたわけではない。
初回に8点も先取しての敗北は、藤代が「弱かった」からに他ならない。
大垣日大の岐阜県は、単身赴任して1年を暮した地で第3の故郷と
も思っている。(第2の故郷は新潟県だ。)
慣れない最初の赴任地で、岐阜市からクレーム処理でも出向いた
大垣市。休日に大垣のジャスコに買い物に行ったこともある。
そういう縁ある町の学校が、自分たちの優位な試合運びのなか、余裕が
出て来ての笑いだったと思うが、どんな競技の試合であろうが、相手を
尊敬し思いやる気持ちが持てないなら、高校野球での失敗だと思うのだ。
勝つために最大限の努力をする。相手もそのハズだから、その相手を
尊敬し、試合経過の中では惻隠の情も失わない・・・。
そうであるなら、白い歯は見せられない。
高校野球は、教育の一環のクラブ活動のはずだ。
ゆえに、高校野球は「教育」の一環なのであり、学びの場であるはずだ。
40数年前のテニスの大会で、相手選手が打って来た玉は、練習でも
散々打って来た理想のコースを飛んで来た・・・・。
「あっ!?」
あまりの理想的なコースで、バシッとボレーが決められたはずであった
が、「あまりに理想的で」見逃した・・・・。
練習のための練習。試合を常に想定した真剣勝負の練習ではなくて、
「練習のための練習だった。」
いまでもその時の苦い光景を思い出し、自分を責める時がある。
スポーツは、やはり、人格を陶冶しステップアップしてくれる教育の
機会だと思う。
ながら、途中夕食休憩で中断してそのまま尻切れトンボで終わった。
ま、サラリーマン時代の後輩に、夏になると一家揃って、それこそ
お母さんから妹さんまで皆んなして「高校野球」の大ファンでテレ
ビ中継にクギ付けという一家の話を聞いたことがあったのだが、当
方は、その話にもシレっとして聴いた位に、今の甲子園には何の思
い入れもない。
したがって、お好きな方には、このブログなどはイライラこそすれ、
面白くも何ともない、ことはお断りしておきます。
今の高校野球ときたら、私立が全盛で公立高校で甲子園までコマを進
めたところは数少なくなっている。
全国的に、東北やら北信越から16強に8校もが進んだと言っても、
今じゃあ、大概が私立高校。
かつてなら、地元で生まれ育った子供たちだったから、それこそ郷土
の誇り的な気持ちも湧いたものだったのだが、最近のプロ野球選手の
出身地調査でも、一番ダントツに多いのは大阪や兵庫など関西出身者
らしいのだが、そのタマゴの関西出身のリトルリーグ経験者が、全国
の地方甲子園常連校やら有力校に流れた結果が、 東北勢が16強に4
校も入っている現実を生んでいるというのだ。
生徒がどこで生まれようが、物理的に、ある東北の地に校舎があれば、
そこの生徒には違いない。
でもねェ、選手は、てっきり「ふんにゃ、次はカーブば投げるべ。」
とか言いながら練習していると思っていたら、「ほな、次はカーブや
で!」なんて言葉が飛び交っているのだとしたら、郷土の誇りなんて
幻想そのもの、アホらしくて見てられないと思うのね。
熱狂的な甲子園ファンの方には申し訳ないのだが、ま、へそ曲がりの
ヘンなおじさん的にはそう思ってしまうことは、許して欲しい。
ただ、甲子園出場地図が様変わりしてくると、かつてなら<素朴にひた
向きに>の言葉に象徴された高校野球に、どこか「勝利至上主義」と
いうかセミプロ予備軍の小賢しい臭いがしているようにも思う。
2回戦で敗れた東海大四高西嶋投手の、山なりの超スローボールへの
賛否の話題や、11盗塁の機動力で大勝した健大高崎の容赦のない
かき回し戦法への批判などである。
●<高校野球>健大高崎は"暗黙のルール"を破ったのか
(2014年8月19日(火)10時1分配信 THE PAGE)
東海大四の西嶋投手に触れた話題は、8月20日(水)付の毎日新聞
記事に詳しいが、山なりのボールが「ふざけている」との批判も
多かったという。しかし、身長168センチの小柄な西嶋君が編み出
した窮余の策と聴けば、1試合に数球の範囲であるなら許される気も
するが、やはり伝統の側面からは「正々堂々真っ向勝負」であるべきで
「ふざけている」とのそしりも判らなくはない。
上記に引いた健大高崎への批判、米大リーグに浸透しているアンリトン
・ルールに反している、は酷なような気もするが、記事にもあるわが
茨城代表藤代×大垣日大(岐阜)戦での、大垣日大の高校野球の原点を忘
れたような試合態度には、心底腹が立った。
試合は初回に藤代が8点を先取し、勝負あった!の感も印象づけたの
だが、結果は大垣日大が12-10で勝った。
その初回に8点を先取された時点での大垣日大の選手達は、悲壮感漂い
顔も強張り気の毒な様相だったのだが、試合が進むにつれジワリジワリ
と追いつき、試合をひっくり返して勝利をものにした。
勝負事だから、8点差をひっくり返したその粘りは賞賛されるべきだと
は思うが、中盤以降意気消沈する藤代の選手達に比べ、大垣日大の選手
達はリラックスし、ニコニコ、ニコニコどの選手も白い歯を見せ余裕
たっぷり。
最近では、オリンピックはじめどんなスポーツ大会でも、大事なのは笑
顔、そして試合を楽しむこと・・・・・とよく言われる。
しかし、敗色濃くなり顔も強張り、悲壮感漂う相手方がある中、まるで
意味なく笑う姿というのは、その忖度しない態度というのは、かつての
日本の価値観にはなかったものだ。
上記記事中のアンリトン・ルールでは「派手なガッツポーズをしないこと
や、大差のついたゲームで3-0から打たないなどの"モラルある行動"」が
米メジャーでの暗黙のルールと紹介されている。
記事の筆者は、最後にアメリカのコラムニストの言葉で締めくくっている
のだが、なかなかに意味深いのだ。
高校野球は、勝利至上至上主義であってならない。
「勝利がすべてではない。人は負けながらも勝つことができる。スポーツ
における競争で大切なのは、人間を形成することである。」(ピート・ハミル)
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ランキングに参加中、よろしくお願い致します。
今日の記事、我が郷土の代表藤代高に肩入れして書いたわけではない。
初回に8点も先取しての敗北は、藤代が「弱かった」からに他ならない。
大垣日大の岐阜県は、単身赴任して1年を暮した地で第3の故郷と
も思っている。(第2の故郷は新潟県だ。)
慣れない最初の赴任地で、岐阜市からクレーム処理でも出向いた
大垣市。休日に大垣のジャスコに買い物に行ったこともある。
そういう縁ある町の学校が、自分たちの優位な試合運びのなか、余裕が
出て来ての笑いだったと思うが、どんな競技の試合であろうが、相手を
尊敬し思いやる気持ちが持てないなら、高校野球での失敗だと思うのだ。
勝つために最大限の努力をする。相手もそのハズだから、その相手を
尊敬し、試合経過の中では惻隠の情も失わない・・・。
そうであるなら、白い歯は見せられない。
高校野球は、教育の一環のクラブ活動のはずだ。
ゆえに、高校野球は「教育」の一環なのであり、学びの場であるはずだ。
40数年前のテニスの大会で、相手選手が打って来た玉は、練習でも
散々打って来た理想のコースを飛んで来た・・・・。
「あっ!?」
あまりの理想的なコースで、バシッとボレーが決められたはずであった
が、「あまりに理想的で」見逃した・・・・。
練習のための練習。試合を常に想定した真剣勝負の練習ではなくて、
「練習のための練習だった。」
いまでもその時の苦い光景を思い出し、自分を責める時がある。
スポーツは、やはり、人格を陶冶しステップアップしてくれる教育の
機会だと思う。
今週は、今日までの3日連続で外出のスケジュールで
ドタバタ過ぎた。
今日は、ある場所での法学講座だったのだが、事例は
先月最高裁で判決の出た「父子関係不存在確認の訴え」
について。
どの新聞でも大きく報じられていたから、どなたでも
ご覧になったあの判決のことだ。
暑い中、弁護士さんが受講者の意見を聴いたりするのだが、
マイクを向けられると、自分の孫が生まれた時の「可愛さ」
から始まって、グダグダとトドマルところを知らない私見
が始まった・・・・。
すると、やおら挙手をしたかと思ったら、イライラからか
顔を真っ赤にした中年の方が、(最高裁の判決に)賛成か反
対か決を採って欲しいって・・・・。
確かにグダグダの話ではあったのだが、講師の弁護士さん
にしたら、法学的思考をして貰うための意見聴取の意図で
のこと。
それを「話が進まないから・・・・、決を採ってく れ」
って、予想外の展開。
そんな急がなくてもイイのに。
言ってみれば実際は、とっくに最高裁で決着はしているわけ
で。
暑いからって顔を真っ赤にして先を急いだおじさんは、法学
的授業!?をひとり拒絶したわけで、双方向講座をぶっ壊した
元凶のヤボさ加減、みっともないったらなかった。
さてさて、第96回全国高校野球選手権も昨日が9日目。
昨日で2回戦が終わり、ベスト16が出揃ったのだそう。
それも、残ったチームの内に東北が4校、北信越が4校とい
うから、はや全国が実力的に拮抗してきて地域差が狭まった
ということか。
中断。
ドタバタ過ぎた。
今日は、ある場所での法学講座だったのだが、事例は
先月最高裁で判決の出た「父子関係不存在確認の訴え」
について。
どの新聞でも大きく報じられていたから、どなたでも
ご覧になったあの判決のことだ。
暑い中、弁護士さんが受講者の意見を聴いたりするのだが、
マイクを向けられると、自分の孫が生まれた時の「可愛さ」
から始まって、グダグダとトドマルところを知らない私見
が始まった・・・・。
すると、やおら挙手をしたかと思ったら、イライラからか
顔を真っ赤にした中年の方が、(最高裁の判決に)賛成か反
対か決を採って欲しいって・・・・。
確かにグダグダの話ではあったのだが、講師の弁護士さん
にしたら、法学的思考をして貰うための意見聴取の意図で
のこと。
それを「話が進まないから・・・・、決を採ってく れ」
って、予想外の展開。
そんな急がなくてもイイのに。
言ってみれば実際は、とっくに最高裁で決着はしているわけ
で。
暑いからって顔を真っ赤にして先を急いだおじさんは、法学
的授業!?をひとり拒絶したわけで、双方向講座をぶっ壊した
元凶のヤボさ加減、みっともないったらなかった。
さてさて、第96回全国高校野球選手権も昨日が9日目。
昨日で2回戦が終わり、ベスト16が出揃ったのだそう。
それも、残ったチームの内に東北が4校、北信越が4校とい
うから、はや全国が実力的に拮抗してきて地域差が狭まった
ということか。
中断。
昨夜は、夜の9時半過ぎに出先の家人から電話。
「ちゃんと、食べてる?」
(食べてますよ、トーゼンですヨ!!)
実はウチの家人、昨日から普段は離れて暮らす娘
と ある温泉へ・・・・・。
よって、当方は今日まで"みなしごハッチ"状態。
それにしても、昨夜は「今何している?」と訊いた
ら 『いつでも夢を』を観ているって????
コチラ、一瞬何のことか判らなくて「ん????」
先日、日立シビックセンター天球劇場のプラネタリウ
ム で「いつでも夢を」という企画を観てきたばかりだ
ったのだが、昨夜は池上彰の戦争SPを観ていたもので、
『いつでも夢を』が、NHKスペシャル/作曲家吉田正を
扱った番組だったことを、急には思い出せなかったのだ。
後では観るつもりで、録画はしていたのだったが。
それにしても、温泉に浸かり、アルコール付き(娘は晩酌好
き。)で夕食も済ませた後で、温泉旅館のテレビで観たのが
シベリヤ抑留って、凄くシブいと思ったものだ。
テレビで『8月15日って何の日だか判りますか?』のイン
タビューでマイクを向けられた女の子、「エエッ? 何だっ
け? あれ、何だっけ!?」
「お盆っ?????」
テレビをつけると、こんな若者がワンサカ出てくる今日この
頃なのに、大学の授業で第二次世界大戦やら太平洋戦争の記
録などをいろいろ扱ったわが娘の出た学部。
きょうび珍しいと思っていたが、温泉宿で親が合わせたチ
ャンネルなのか?娘がしたの か不明だが、二人で吉田正氏の
シベリヤ抑留の番組を観ている図というのは、オヤジとして
は、ふと頬が緩んだのである。
♪異国の丘 (吉田正 作詞作曲)
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「ちゃんと、食べてる?」
(食べてますよ、トーゼンですヨ!!)
実はウチの家人、昨日から普段は離れて暮らす娘
と ある温泉へ・・・・・。
よって、当方は今日まで"みなしごハッチ"状態。
それにしても、昨夜は「今何している?」と訊いた
ら 『いつでも夢を』を観ているって????
コチラ、一瞬何のことか判らなくて「ん????」
先日、日立シビックセンター天球劇場のプラネタリウ
ム で「いつでも夢を」という企画を観てきたばかりだ
ったのだが、昨夜は池上彰の戦争SPを観ていたもので、
『いつでも夢を』が、NHKスペシャル/作曲家吉田正を
扱った番組だったことを、急には思い出せなかったのだ。
後では観るつもりで、録画はしていたのだったが。
それにしても、温泉に浸かり、アルコール付き(娘は晩酌好
き。)で夕食も済ませた後で、温泉旅館のテレビで観たのが
シベリヤ抑留って、凄くシブいと思ったものだ。
テレビで『8月15日って何の日だか判りますか?』のイン
タビューでマイクを向けられた女の子、「エエッ? 何だっ
け? あれ、何だっけ!?」
「お盆っ?????」
テレビをつけると、こんな若者がワンサカ出てくる今日この
頃なのに、大学の授業で第二次世界大戦やら太平洋戦争の記
録などをいろいろ扱ったわが娘の出た学部。
きょうび珍しいと思っていたが、温泉宿で親が合わせたチ
ャンネルなのか?娘がしたの か不明だが、二人で吉田正氏の
シベリヤ抑留の番組を観ている図というのは、オヤジとして
は、ふと頬が緩んだのである。
♪異国の丘 (吉田正 作詞作曲)
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8月1日の新聞の<担当記者がお薦め・夏休み 環境考える本>
(毎日新聞)という記事に乗り、お盆休みの後半、その1冊に目
を通してみた。
■ギャリー・マーヴィン著/南部 成美訳
『オオカミ 迫害から復権へ』白水社
上記は白水社のHPから引いてみたが、この本の内容は、この
HPの解説文で、まずご理解いただくことにする。
それにしても、日本でオオカミが絶滅したのが明治38年(19
05年)というが、それまでの日本では農作物に被害を及ぼす
イノシシやシカ、サルを捕食したり追い払ってくれる田畑の
守り神のような存在がオオカミだったらしい。
牧畜業が盛んな諸外国と異なり、日本では家畜をめぐっての人
間とオオカミとの激越な対立関係は生じなかったゆえだ。
しかし、明治期以降の近代化や都市化の進行の中で、状況は変わり
オオカミへの視点は大きく変化した。オオカミ駆除の方向へと一足
飛びの転換期を迎えた。
西欧でのオオカミへ込めたイメージ「強欲で狡猾で極めて残忍な
もの」、古くからの童話『赤ずきん』やら近代に入ってからも映
画『狼男』などで繰り返し刷り込まれたオオカミ=負のイメージと
いうものが、今を生きる我々日本人にも強化され植えつけられて
いる。
この本では、生態学的側面、そして文化史的側面まで網羅的に
紹介されているが、イギリスの社会人類学者という著者の博識は
留まるところを知らず縦横無尽、知的好奇心を刺激される好著と
なっている。
訳者も日本オオカミ協会会員で東京農工大農学研究科修了の研究者
ということもあって、一気に読ませる名訳で成功本の貢献大だ。
当方も山歩きをした時期があり、日光国立公園のニッコウキスゲ
に和んだ鮮明な記憶があるのだが、今やその群落もシカの食害で
風前の灯という。たしかに中禅寺湖の外輪山あたりを逍遥すると、
あたり一面シカの糞が覆い腰を下ろせないほどだから、シカの個
体数増加は目を覆うばかりで、まさにシカによる自然破壊の現状
は由々しき事態と言っていい。
この大きな要因と言われているのが、生態系ピラミッドの頂点に
君臨すべき二次消費者の肉食動物の「不在」ということになる。
そう、日本では100年前に絶滅してしまったニホンオオカミ
がいないことが、一次消費者(植食動物)であるシカの爆発的増加を
もたらしたという。(増加の要因には、他に日本における狩猟者
人口の高齢化などによる減少、地球温暖化による雪害の減少も
ある。)
そのような中、コウノトリの復活やトキの復活のように、オオカミ
を日本の山野に再導入し、生態系ピラミッドの頂点捕食者の復活
を目指す試みが出てきた。
日本オオカミ協会の設立、民間エコロジー運動との連動を企図し
広く国民に訴え世論形成を目指す活動という。
■丸山直樹・須田知樹・小金澤正昭編著
『オオカミを放つ 森・動物・人のよい関係を求めて』白水社
この本も合わせて読んでみたのだが、東京農工大、宇都宮大、
立正大などの研究者の生態系崩壊とオオカミ絶滅の連関のメカニズム
の考察やら、尾瀬にまでシカ出現の地道なフィールド調査やら、オ
オカミの糞分析による食性やら、連携するポーランドの研究者との
ポーランド現地調査の報告やら、連携するモンゴル人研究者による
モンゴルのオオカミ関係史などなど多岐にわたる研究のレポート
は有益だった。
この本は、誰でもが知りたい「オオカミは人を襲うのか?」で一つの
章を割いているが、ここの章の分担執筆者・桑原康生氏は、近著
『オオカミの謎:オオカミ復活で、生態系は変わる!?』を出している。
上記協会員のひとりではあるが、厳密な研究者ではなく、北海道で
のオオカミの飼育者であるらしい。
この桑原氏の近著をアマゾンのHPで開いてみると、ページの下部に
ひとりだけ「カスタマーレビュー」を書いている人がいて、氏の
著書に辛辣な長文の書評を書いているのにぶつかる。
インターネットにも、日本オオカミ協会にこれまた辛辣な反対表明
のブログを書いているのにも出くわすのだが、農産物への深刻な
被害をもたらしているシカ、イノシシ、サル、なかでもシカの及ぼす
それは、もはや農産物に留まらず、日本の植物相への深刻な打撃、
生態系の復元力不可能な恐れのレベルさえ予測させるまでの未曾有
の危険性をはらんでいる。
だがしかし、シカ害が如何に深刻な事態であろうとも、日本では
オオカミの再導入を図るというのは、短絡的に過ぎ、日本では
無理なのではないか。それが、わずか2冊の本を読んだだけなの
だが、読後の結論だ。
欧米などでは、古くは伝説的な人食いオオカミの話が多く残っている
らしいのだが、それは、オオカミではなくて<オオカミ犬>だったので
はないかという。(上記:桑原氏) オオカミ犬とは、オオカミとイヌと
の交雑個体で、オオカミの血とイヌの血の割合が微妙で、性格的に
デリケートで扱いが難しいという。よって、飼い主に捨てられ野生に
なることが多く、結果手の付けられない伝説的悪性種が生まれた可能
性があるという。
また、人を襲うオオカミは狂犬病に罹っていることが多く、よって
人に害を及ぼす事件は、こういうオオカミだったというのだ。
まともな健康オオカミは、本来、人を恐れ人には近づかないものと
いう。これは、モンゴルでも同様で、近くにオオカミが見えてもモンゴル
人は恐れたり、慌てたりしないという。
ところが、「健康なオオカミは人を襲わない。」が定説のところ、
1990年の半ば過ぎ以降、カナダではこの健康なオオカミが人を
襲う事故が相次いで起こったという。
種明かしを書けば、西欧でもモンゴルでも牧畜が主要な生業となって
いたようなところでは、オオカミが近づけば、家畜に被害が出る恐れ
があったから、人は殺さない時でも、癇癪なき仕打ちでオオカミを
追い払った。
いつでもそうであったから、オオカミは習慣的に人は恐ろしいもの
と学習したのだ。人が傍からみれば何気に慌てる様子もないと見える
平然とした感じは、あくまで人とオオカミとの安全距離以上の間が
あったから平然としていられた訳で、「人は恐ろしいもの」と思う
からオオカミはそれだけの距離を保った。
それが現代では、自然保護思想や動物愛護精神の浸透で、キャンプな
どで遭遇したオオカミにも人は優しくなった。
よって、「オオカミの人馴れ」が昂進し、怖がらずに人のすぐ近く
まで寄る個体が生まれた。ヘマをすれば、ペットまがいに餌やりまで
する人間が現れ、被害者となった。
知床でヒグマ見たさに仕切りを越えたり、日光のサルに軽い気持ち
で餌やりをした結果が、土産物店から菓子折りを強奪したり観光客
の荷物を脅し取る不埒なサルを作ってしまった。
「かわいい!」「かわいい!」の連発で、語彙失語症の日本人。
後先考えず能天気な我が国の楽天マインドは、全国津々浦々に
ユルキャラブームを生んだ。
『エサは与えないでください!』の看板なんて、じィー読めない
わけでもないはずなのに、まるで守れない我が国民だからして、
「日本の自然にオオカミを導入」なんて、無理だと思う。
まちがいなく「人食いオオカミ」を生んでしまうことになる。
●人気ブログランキング へ
ランキングに参加中、よろしくお願いいたします。
一般社団法人日本オオカミ協会のHPをみると、タレントの武田
鉄矢氏だの櫻井よしこ氏と対談などと。大相撲の横綱白鵬を
モンゴルオオカミだかの連想からか?引っ張り出すとか何とか・・・。
政治的にいえば、ポピュリズム姿勢がヤラシイな。
有名人攻勢ってか。
一旦オオカミを野に放ってしまったら、間違いがあったら
取り返しがつかないことになる。
地味でも、石橋を叩くような真剣な姿勢こそ望まれると思う。
■ヴェルナー・フロイント著『オオカミと生きる』白水社
地道にオオカミを知るため、今度はこれを読むつもり。
(毎日新聞)という記事に乗り、お盆休みの後半、その1冊に目
を通してみた。
■ギャリー・マーヴィン著/南部 成美訳
『オオカミ 迫害から復権へ』白水社
上記は白水社のHPから引いてみたが、この本の内容は、この
HPの解説文で、まずご理解いただくことにする。
それにしても、日本でオオカミが絶滅したのが明治38年(19
05年)というが、それまでの日本では農作物に被害を及ぼす
イノシシやシカ、サルを捕食したり追い払ってくれる田畑の
守り神のような存在がオオカミだったらしい。
牧畜業が盛んな諸外国と異なり、日本では家畜をめぐっての人
間とオオカミとの激越な対立関係は生じなかったゆえだ。
しかし、明治期以降の近代化や都市化の進行の中で、状況は変わり
オオカミへの視点は大きく変化した。オオカミ駆除の方向へと一足
飛びの転換期を迎えた。
西欧でのオオカミへ込めたイメージ「強欲で狡猾で極めて残忍な
もの」、古くからの童話『赤ずきん』やら近代に入ってからも映
画『狼男』などで繰り返し刷り込まれたオオカミ=負のイメージと
いうものが、今を生きる我々日本人にも強化され植えつけられて
いる。
この本では、生態学的側面、そして文化史的側面まで網羅的に
紹介されているが、イギリスの社会人類学者という著者の博識は
留まるところを知らず縦横無尽、知的好奇心を刺激される好著と
なっている。
訳者も日本オオカミ協会会員で東京農工大農学研究科修了の研究者
ということもあって、一気に読ませる名訳で成功本の貢献大だ。
当方も山歩きをした時期があり、日光国立公園のニッコウキスゲ
に和んだ鮮明な記憶があるのだが、今やその群落もシカの食害で
風前の灯という。たしかに中禅寺湖の外輪山あたりを逍遥すると、
あたり一面シカの糞が覆い腰を下ろせないほどだから、シカの個
体数増加は目を覆うばかりで、まさにシカによる自然破壊の現状
は由々しき事態と言っていい。
この大きな要因と言われているのが、生態系ピラミッドの頂点に
君臨すべき二次消費者の肉食動物の「不在」ということになる。
そう、日本では100年前に絶滅してしまったニホンオオカミ
がいないことが、一次消費者(植食動物)であるシカの爆発的増加を
もたらしたという。(増加の要因には、他に日本における狩猟者
人口の高齢化などによる減少、地球温暖化による雪害の減少も
ある。)
そのような中、コウノトリの復活やトキの復活のように、オオカミ
を日本の山野に再導入し、生態系ピラミッドの頂点捕食者の復活
を目指す試みが出てきた。
日本オオカミ協会の設立、民間エコロジー運動との連動を企図し
広く国民に訴え世論形成を目指す活動という。
■丸山直樹・須田知樹・小金澤正昭編著
『オオカミを放つ 森・動物・人のよい関係を求めて』白水社
この本も合わせて読んでみたのだが、東京農工大、宇都宮大、
立正大などの研究者の生態系崩壊とオオカミ絶滅の連関のメカニズム
の考察やら、尾瀬にまでシカ出現の地道なフィールド調査やら、オ
オカミの糞分析による食性やら、連携するポーランドの研究者との
ポーランド現地調査の報告やら、連携するモンゴル人研究者による
モンゴルのオオカミ関係史などなど多岐にわたる研究のレポート
は有益だった。
この本は、誰でもが知りたい「オオカミは人を襲うのか?」で一つの
章を割いているが、ここの章の分担執筆者・桑原康生氏は、近著
『オオカミの謎:オオカミ復活で、生態系は変わる!?』を出している。
上記協会員のひとりではあるが、厳密な研究者ではなく、北海道で
のオオカミの飼育者であるらしい。
この桑原氏の近著をアマゾンのHPで開いてみると、ページの下部に
ひとりだけ「カスタマーレビュー」を書いている人がいて、氏の
著書に辛辣な長文の書評を書いているのにぶつかる。
インターネットにも、日本オオカミ協会にこれまた辛辣な反対表明
のブログを書いているのにも出くわすのだが、農産物への深刻な
被害をもたらしているシカ、イノシシ、サル、なかでもシカの及ぼす
それは、もはや農産物に留まらず、日本の植物相への深刻な打撃、
生態系の復元力不可能な恐れのレベルさえ予測させるまでの未曾有
の危険性をはらんでいる。
だがしかし、シカ害が如何に深刻な事態であろうとも、日本では
オオカミの再導入を図るというのは、短絡的に過ぎ、日本では
無理なのではないか。それが、わずか2冊の本を読んだだけなの
だが、読後の結論だ。
欧米などでは、古くは伝説的な人食いオオカミの話が多く残っている
らしいのだが、それは、オオカミではなくて<オオカミ犬>だったので
はないかという。(上記:桑原氏) オオカミ犬とは、オオカミとイヌと
の交雑個体で、オオカミの血とイヌの血の割合が微妙で、性格的に
デリケートで扱いが難しいという。よって、飼い主に捨てられ野生に
なることが多く、結果手の付けられない伝説的悪性種が生まれた可能
性があるという。
また、人を襲うオオカミは狂犬病に罹っていることが多く、よって
人に害を及ぼす事件は、こういうオオカミだったというのだ。
まともな健康オオカミは、本来、人を恐れ人には近づかないものと
いう。これは、モンゴルでも同様で、近くにオオカミが見えてもモンゴル
人は恐れたり、慌てたりしないという。
ところが、「健康なオオカミは人を襲わない。」が定説のところ、
1990年の半ば過ぎ以降、カナダではこの健康なオオカミが人を
襲う事故が相次いで起こったという。
種明かしを書けば、西欧でもモンゴルでも牧畜が主要な生業となって
いたようなところでは、オオカミが近づけば、家畜に被害が出る恐れ
があったから、人は殺さない時でも、癇癪なき仕打ちでオオカミを
追い払った。
いつでもそうであったから、オオカミは習慣的に人は恐ろしいもの
と学習したのだ。人が傍からみれば何気に慌てる様子もないと見える
平然とした感じは、あくまで人とオオカミとの安全距離以上の間が
あったから平然としていられた訳で、「人は恐ろしいもの」と思う
からオオカミはそれだけの距離を保った。
それが現代では、自然保護思想や動物愛護精神の浸透で、キャンプな
どで遭遇したオオカミにも人は優しくなった。
よって、「オオカミの人馴れ」が昂進し、怖がらずに人のすぐ近く
まで寄る個体が生まれた。ヘマをすれば、ペットまがいに餌やりまで
する人間が現れ、被害者となった。
知床でヒグマ見たさに仕切りを越えたり、日光のサルに軽い気持ち
で餌やりをした結果が、土産物店から菓子折りを強奪したり観光客
の荷物を脅し取る不埒なサルを作ってしまった。
「かわいい!」「かわいい!」の連発で、語彙失語症の日本人。
後先考えず能天気な我が国の楽天マインドは、全国津々浦々に
ユルキャラブームを生んだ。
『エサは与えないでください!』の看板なんて、じィー読めない
わけでもないはずなのに、まるで守れない我が国民だからして、
「日本の自然にオオカミを導入」なんて、無理だと思う。
まちがいなく「人食いオオカミ」を生んでしまうことになる。
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鉄矢氏だの櫻井よしこ氏と対談などと。大相撲の横綱白鵬を
モンゴルオオカミだかの連想からか?引っ張り出すとか何とか・・・。
政治的にいえば、ポピュリズム姿勢がヤラシイな。
有名人攻勢ってか。
一旦オオカミを野に放ってしまったら、間違いがあったら
取り返しがつかないことになる。
地味でも、石橋を叩くような真剣な姿勢こそ望まれると思う。
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性別:
男性
職業:
行政書士
趣味:
山歩き、自然散策、ドライブ
自己紹介:
ISO14001環境マネジメントシステム審査員補
日本自然保護協会・自然観察指導員
浄化槽管理士
日本森林学会会員
福祉住環境コーディネーター
茨城県介護サービス情報公表制度・調査員
茨城県動物愛護推進員
上記もろもろ、兼 おっさん。
日本自然保護協会・自然観察指導員
浄化槽管理士
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茨城県動物愛護推進員
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